推古天皇、そして物語の終わり

第 5 章

推古天皇、そして物語の終わりすいこてんのう

初の女帝の御代で、古事記は静かに筆を置く。

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この物語は、原文を読みやすく現代語にしたかなり“はしょった”要約・脚色版です。細部や表現は正確な原文・訳注書と異なる場合があります。

継体天皇のあと、安閑(アンカン)、宣化(センカ)、欽明(キンメイ)、敏達(ビダツ)、用明(ヨウメイ)、崇峻(スシュン)と代を重ねます。この時期、日本の歴史は大きく動いていました。

欽明天皇の御代には、百済から仏像と経典がもたらされ、仏教が公式に伝来します。これを受け入れるべきか否かをめぐって、崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏が激しく対立しました。争いは蘇我氏の勝利に終わり、以後、蘇我氏が政治の実権を握っていきます。

仏教をめぐる争い
仏教をめぐる争い

崇峻天皇は、権力を強める蘇我馬子との対立の末、暗殺されるという異例の最期を迎えました。混乱のなかで即位したのが、敏達天皇の后であった推古天皇スイコテンノウです。第三十三代、日本初の女性天皇の誕生でした。

その御代、甥にあたる聖徳太子(厩戸皇子)が摂政として政治を補佐し、冠位十二階や十七条憲法が定められ、遣隋使が派遣されました。仏教は国家の保護のもとで花開き、飛鳥文化が生まれます。日本という国のかたちが、はっきりと現れはじめた時代でした。

初の女帝、即位
初の女帝、即位

しかし古事記は、推古天皇について驚くほど簡潔です。「小治田宮(おはりだのみや)に坐しまして、天下を治めたまひき」。そして御陵の場所を記して、それで終わります。聖徳太子の名も、憲法のことも、そこには書かれていません。

静かに閉じられる書
静かに閉じられる書

天地開闢の壮大な物語から始まった書物が、最後は数行の系譜となって静かに閉じられる。それは、神話が完全に歴史へと溶け込んだことの証なのかもしれません。混沌の海に矛を差し入れた、あの遠い日から。長い長い旅路が、ここで終わります。

登場する人物・神々

推古天皇
スイコテンノウ
第三十三代天皇。日本初の女性天皇であり、古事記が記す最後の天皇です。
欽明天皇
キンメイテンノウ
仏教が公式に伝来した御代の天皇。推古天皇の父にあたります。
崇峻天皇
スシュンテンノウ
蘇我馬子との対立の末に暗殺された天皇です。
聖徳太子
ショウトクタイシ
推古天皇を補佐した皇子。ただし古事記には、その事績は記されていません。

豆知識・この物語の背景

なぜ推古天皇で終わるのか
古事記が推古朝で筆を置く理由は諸説あります。編纂の区切りとした説、天武天皇の意図とする説などがあり、今も謎とされています。
日本書紀との違い
同時期に成立した日本書紀は持統天皇の代まで記し、推古朝についても詳細に記述します。両書の性格の違いがよく表れる部分です。
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