垂仁天皇と伊勢

第 4 章

垂仁天皇と伊勢すいにんてんのう

太陽の女神が、永遠の鎮まりどころを見いだす。

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この物語は、原文を読みやすく現代語にしたかなり“はしょった”要約・脚色版です。細部や表現は正確な原文・訳注書と異なる場合があります。

第十一代・垂仁天皇スイニンテンノウの御代。それまで天照大御神は宮中で祀られていましたが、その神威があまりに強く、同じ場所に住まうことが畏れ多いとされていました。

そこで皇女・倭比売命ヤマトヒメノミコトが、大御神を鎮め祀るにふさわしい地を求めて旅に出ます。近江、美濃と各地を巡り、ついに伊勢の国へ入ったとき、大御神の御心が示されました。「この神風の伊勢の国は、常世の波が寄せる美しい国である。この地に留まりたい」。

鎮座の地を求めて
鎮座の地を求めて

こうして五十鈴川のほとりに社が建てられました。これが伊勢神宮イセジングウの起こりと伝えられます。倭比売命はのちに、東征へ向かうヤマトタケルに草薙剣を授ける重要な役割も果たすことになります。

伊勢に社を建てる
伊勢に社を建てる

同じ御代、天皇は田道間守タヂマモリに命じました。「常世の国へ行き、非時香菓トキジクノカクノコノミ(時を選ばず香る木の実)を採ってまいれ」。それは不老不死をもたらすとされる、幻の果実でした。

橘を抱く田道間守
橘を抱く田道間守

田道間守は海を越え、十年の歳月をかけて、ついにその実を持ち帰ります。しかし帰り着いたとき、天皇はすでに崩御していました。彼は実の半分を皇后に献じ、残りを御陵の前に供えると、泣き叫びながらその場で息絶えたと伝えられます。この果実は橘(たちばな)、今のミカンの原種だったといわれています。

登場する人物・神々

垂仁天皇
スイニンテンノウ
第十一代天皇。伊勢神宮の創建、殉死の廃止と埴輪の始まりも伝えられます。
倭比売命
ヤマトヒメノミコト
天照大御神の鎮座地を求めて旅した皇女。伊勢神宮初代の斎宮とされます。
田道間守
タヂマモリ
常世の国へ橘を求めた忠臣。菓子の神として今も祀られています。
天照大御神
アマテラスオオミカミ
伊勢の地に鎮まった太陽の女神。皇室の祖神です。

豆知識・この物語の背景

お菓子の神様
橘を持ち帰った田道間守は、菓子の祖神として兵庫の中嶋神社などに祀られ、製菓業者の信仰を集めています。
埴輪のはじまり
垂仁天皇の御代、殉死の風習を憐れんだ天皇が、人の代わりに土の人形を立てさせたのが埴輪の起源と伝えられます。
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