第十一代・垂仁天皇の御代。それまで天照大御神は宮中で祀られていましたが、その神威があまりに強く、同じ場所に住まうことが畏れ多いとされていました。
そこで皇女・倭比売命が、大御神を鎮め祀るにふさわしい地を求めて旅に出ます。近江、美濃と各地を巡り、ついに伊勢の国へ入ったとき、大御神の御心が示されました。「この神風の伊勢の国は、常世の波が寄せる美しい国である。この地に留まりたい」。

こうして五十鈴川のほとりに社が建てられました。これが伊勢神宮の起こりと伝えられます。倭比売命はのちに、東征へ向かうヤマトタケルに草薙剣を授ける重要な役割も果たすことになります。

同じ御代、天皇は田道間守に命じました。「常世の国へ行き、非時香菓(時を選ばず香る木の実)を採ってまいれ」。それは不老不死をもたらすとされる、幻の果実でした。

田道間守は海を越え、十年の歳月をかけて、ついにその実を持ち帰ります。しかし帰り着いたとき、天皇はすでに崩御していました。彼は実の半分を皇后に献じ、残りを御陵の前に供えると、泣き叫びながらその場で息絶えたと伝えられます。この果実は橘(たちばな)、今のミカンの原種だったといわれています。