神功皇后の遠征

第 8 章

神功皇后の遠征じんぐうこうごう

神託を受けた皇后が、身重のまま海を渡る。

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この物語は、原文を読みやすく現代語にしたかなり“はしょった”要約・脚色版です。細部や表現は正確な原文・訳注書と異なる場合があります。

第十四代・仲哀天皇は、筑紫の香椎宮(かしいのみや)で、熊曽を討つべきかどうか神意を問いました。天皇が琴を弾き、建内宿禰(タケノウチノスクネ)が神託を求めると、后息長帯比売命オキナガタラシヒメノミコトに神が降りて告げます。

「西の方に国がある。金銀をはじめ、目にも輝かしい珍宝が多くある国だ。私は今、その国を帰服させて汝に授けよう」。しかし天皇は疑いました。「高い所に登って西を見ても、国土は見えず、ただ大海があるばかりだ」。そう言って偽りを言う神だと決めつけ、琴を弾く手を止めてしまいます。

琴の音と神託
琴の音と神託

しばらくして灯りをつけると、天皇はすでに息絶えていました。神の言葉を軽んじた報いでした。人々は驚き、国じゅうの罪や穢れを祓い清めて、あらためて神託を仰ぎます。神は同じ言葉を繰り返し、さらに「この国は、今お腹にいる御子が治めるべき国である」と告げました。

皇后は身重の体でした。それでも神の意に従い、腹に石を巻きつけて出産を遅らせると、軍船を整えて海を渡ります。すると追い風が吹き、大小の魚たちが船を背負って進み、波は新羅の国のなかばまで押し寄せたと古事記は語ります。

石を巻き、海へ
石を巻き、海へ

この威勢に驚いた新羅の王は戦わずして降り、「今後は天皇の御馬飼として仕え、毎年貢ぎ物を絶やしません」と誓いました。百済もこれに倣ったと記されます。

筑紫での出産
筑紫での出産

帰国した皇后は筑紫の宇美(うみ)の地で御子を出産しました。のちの応神天皇オウジンテンノウです。皇后は神功皇后ジングウコウゴウと呼ばれ、幼い御子に代わって長く政を執ったと伝えられます。この遠征譚は、史実性をめぐって近代以降さまざまに議論されてきました。

登場する人物・神々

神功皇后/息長帯比売命
ジングウコウゴウ/オキナガタラシヒメノミコト
神託を受けて海を渡った皇后。御子に代わり長く政を執りました。
仲哀天皇
チュウアイテンノウ
第十四代天皇。神託を疑い、突然の死を迎えます。
建内宿禰
タケノウチノスクネ
数代の天皇に仕えたとされる長寿の名臣。神託の場にも立ち会いました。
応神天皇
オウジンテンノウ
遠征後に筑紫で生まれた御子。第十五代天皇となります。

豆知識・この物語の背景

宇美という地名
応神天皇が生まれた地は、福岡県宇美町。「産み」に由来するとされ、宇美八幡宮は安産の神として信仰されています。
鎮懐石の伝説
出産を遅らせるために腹に巻いたとされる石は「鎮懐石(ちんかいせき)」と呼ばれ、伝承地が今も残されています。
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