第十二代・景行天皇の皇子小碓命は、たいへん荒々しい気性の持ち主でした。あるとき天皇が「兄が朝夕の食事に出てこない。よく教え諭しなさい」と命じると、命は兄を待ち伏せて手足をもぎ取り、薦(こも)に包んで投げ捨ててしまいます。
我が子ながら恐ろしい。そう感じた天皇は、まだ少年の命を、西の熊曽(クマソ)征伐へと送り出しました。従うのはわずかな供のみ。実質的な追放でした。

命はまず伊勢に立ち寄り、叔母の倭比売命から女性の衣裳を授かります。熊曽の地に着くと、ちょうど新しい館の落成を祝う宴が開かれるところでした。命は髪を解いて少女の姿に変え、何食わぬ顔で宴席に紛れ込みます。
熊曽建(クマソタケル)の兄弟は、美しい「少女」をたいそう気に入り、自分たちの間に座らせました。酒宴がたけなわとなり、二人が油断しきったその瞬間、命は懐から剣を抜き、兄を胸から刺し貫きます。逃げる弟をも背中から刺し通しました。

瀕死の弟は問いかけます。「あなたは何者ですか」。命が名を明かすと、弟は言いました。「西の地に、我ら兄弟より強き者はおりませんでした。しかし大和には、我らより猛き男がいたのです。今より倭建の御名を差し上げましょう」。そう言い終えると、熟した瓜を裂くように斬り殺されました。

こうして小碓命は倭建命と名乗ります。帰路には出雲に立ち寄り、出雲建(イズモタケル)と友情を装って親しくなると、あらかじめ木で作った偽の太刀とすり替え、刀剣を交換しようと持ちかけて討ち取りました。