ヤマトタケルの西征

第 5 章

ヤマトタケルの西征やまとたけるのせいせい

少年は女装して敵の館へ忍び入り、英雄の名を得る。

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この物語は、原文を読みやすく現代語にしたかなり“はしょった”要約・脚色版です。細部や表現は正確な原文・訳注書と異なる場合があります。

第十二代・景行天皇の皇子小碓命オウスノミコトは、たいへん荒々しい気性の持ち主でした。あるとき天皇が「兄が朝夕の食事に出てこない。よく教え諭しなさい」と命じると、命は兄を待ち伏せて手足をもぎ取り、薦(こも)に包んで投げ捨ててしまいます。

我が子ながら恐ろしい。そう感じた天皇は、まだ少年の命を、西の熊曽(クマソ)征伐へと送り出しました。従うのはわずかな供のみ。実質的な追放でした。

兄を討つ荒ぶる皇子
兄を討つ荒ぶる皇子

命はまず伊勢に立ち寄り、叔母の倭比売命ヤマトヒメノミコトから女性の衣裳を授かります。熊曽の地に着くと、ちょうど新しい館の落成を祝う宴が開かれるところでした。命は髪を解いて少女の姿に変え、何食わぬ顔で宴席に紛れ込みます。

熊曽建(クマソタケル)の兄弟は、美しい「少女」をたいそう気に入り、自分たちの間に座らせました。酒宴がたけなわとなり、二人が油断しきったその瞬間、命は懐から剣を抜き、兄を胸から刺し貫きます。逃げる弟をも背中から刺し通しました。

少女に扮して宴へ
少女に扮して宴へ

瀕死の弟は問いかけます。「あなたは何者ですか」。命が名を明かすと、弟は言いました。「西の地に、我ら兄弟より強き者はおりませんでした。しかし大和には、我らより猛き男がいたのです。今より倭建ヤマトタケルの御名を差し上げましょう」。そう言い終えると、熟した瓜を裂くように斬り殺されました。

名を贈られる
名を贈られる

こうして小碓命は倭建命ヤマトタケルノミコトと名乗ります。帰路には出雲に立ち寄り、出雲建(イズモタケル)と友情を装って親しくなると、あらかじめ木で作った偽の太刀とすり替え、刀剣を交換しようと持ちかけて討ち取りました。

登場する人物・神々

倭建命/小碓命
ヤマトタケルノミコト/オウスノミコト
景行天皇の皇子。荒ぶる気性ゆえに遠征を命じられ、英雄となっていきます。
熊曽建
クマソタケル
九州南部の勇猛な兄弟。討たれる際にヤマトタケルの名を贈りました。
倭比売命
ヤマトヒメノミコト
伊勢の斎宮である叔母。甥に衣裳を授け、のちに草薙剣も託します。
出雲建
イズモタケル
出雲の勇者。木刀のすり替えという策で討たれました。

豆知識・この物語の背景

「タケル」という称号
タケル(建・武)は勇猛な者に贈られる称号でした。敵から名を贈られるのは、その強さを認められた証です。
父と子の距離
父・景行天皇は次々と息子に遠征を命じます。愛情ゆえか、恐れゆえか。古事記はその心情を語らず、読む者に委ねています。
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