海原を治めるよう命じられた建速須佐之男命(スサノオ)でしたが、彼は仕事をせず、亡き母のいる根の国を慕ってただ泣きわめくばかり。あまりの荒れように、父・伊邪那岐はついに彼を追放してしまいます。須佐之男は、去る前にひと目、姉に別れを告げようと、天上界・高天原へと昇っていきました。
ところが、弟が昇ってくると山や川が鳴りどよめきます。天照大御神(アマテラスオオミカミ)は「弟は私の国を奪いに来たのでは」と警戒し、髪を結い直して武具を身にまとい、弓を手に、弟を迎え撃つ構えを取りました。須佐之男は驚いて言います。「邪心などありません。潔白を証明するため、誓約(ウケイ)をしましょう」。

誓約とは、あらかじめ結果の意味を決めておいて、神意を占う神聖な行いです。天照が弟の剣を受け取って噛み砕き、霧のように吹き出すと、三柱の女神、宗像三女神(ムナカタサンジョシン)が生まれました。続いて須佐之男が姉の勾玉を噛んで吹き出すと、五柱の男神が生まれます。

その五柱の、いちばん最初に生まれたのが正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(アメノオシホミミ)でした。この神こそ、のちに地上へ降る天孫・邇邇芸命(ニニギ)の父であり、天皇家の血脈へとつながっていく始祖の神です。自らの持ち物から清らかな神が生まれたことで、須佐之男は「これで潔白が証された」と勝ち誇りました。けれど、その勝利の高ぶりが、次なる騒動の火種となっていくのです。

本来、身の潔白を示すはずだった誓約。その勝負に勝ったと思い込んだ須佐之男は、天にも昇る心地で勝ち名乗りを上げます。しかし「勝った」という高ぶりは、やがて手のつけられない乱暴へと姿を変えていきました。姉・天照の深い悲しみと、世界を包む闇。名高い「天の岩戸」の物語は、この勝利の余韻から幕を開けるのです。