黄泉の国

第 五 章

黄泉の国よみのくに

「見てはならぬ」。破られた約束が、生と死を分かつ。

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この物語は、原文を読みやすく現代語にしたかなり“はしょった”要約・脚色版です。細部や表現は正確な原文・訳注書と異なる場合があります。

妻を忘れられない伊邪那岐命(イザナギノミコト)は、ついに死者の国・黄泉(よみ)へと下っていきました。暗い御殿の戸ごしに、彼は伊邪那美命(イザナミノミコト)に呼びかけます。「まだ国づくりは終わっていない。どうか帰ってきてほしい」と。

伊邪那美は答えました。「もっと早く来てくれたら……。私はもう黄泉の食べ物を口にしてしまいました。でも、あなたのために、黄泉の神に相談してみます。その間、決して私の姿を見ないでください」。ところが待ちきれない伊邪那岐は、髪に挿した櫛の歯を折って火を灯し、御殿の中を覗いてしまいます。そこにいたのは、変わり果て、朽ちていく妻の姿でした。

黄泉の御殿での再会
黄泉の御殿での再会

恐れをなして逃げ出す伊邪那岐。約束を破られ辱められた伊邪那美は激怒し、黄泉醜女(ヨモツシコメ)や雷神たちを差し向けて追わせます。伊邪那岐は髪飾りを投げて山ぶどうを、櫛を投げて筍を実らせ、追手が食べる隙に逃げ、最後は坂のふもとに実っていた桃の実を三つ投げつけて、ようやく追手を退けました。

禁を破り、灯をかざす
禁を破り、灯をかざす

そしてついに、生者の世界と黄泉との境、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)を、千人がかりでやっと動くほどの大岩でふさぎます。岩ごしに伊邪那美は「あなたの国の人を一日に千人殺しましょう」と告げ、伊邪那岐は「ならば一日に千五百人生ませよう」と返しました。こうして人は死ぬようになり、同時にそれ以上に生まれるようにもなった。生と死のことわりが、ここに定まったのです。

千引の岩で坂をふさぐ
千引の岩で坂をふさぐ

愛する者を追って死の国まで下り、変わり果てた姿に背を向けて逃げ帰る。伊邪那岐の旅は、深い痛みと後悔に満ちたものでした。けれど、この別れがあったからこそ、彼は次に、身についたけがれを洗い流す禊(みそぎ)へと向かいます。そしてその清らかな水辺から、この神話でもっとも光り輝く神々が、生まれ出ることになるのです。

登場する神々

伊邪那岐命
イザナギノミコト
禁を破って妻の姿を見てしまい、黄泉から命からがら逃げ帰る。次章で身を清めることになります。
伊邪那美命
イザナミノミコト
黄泉の主となった女神。夫に辱められ、生者に死をもたらす存在へと変わってしまいます。
黄泉醜女
ヨモツシコメ
黄泉の国の恐ろしい女たち。逃げる伊邪那岐を執拗に追いかけます。

豆知識・この神話の背景

桃は魔除けの果実
伊邪那岐が追手を退けた桃は、以後“魔を祓う果実”とされ、意富加牟豆美命(オオカムヅミ)という神名を与えられました。桃太郎伝説の背景ともいわれます。
黄泉比良坂は出雲に
生と死の境とされる黄泉比良坂は、島根県松江市の東出雲にその伝承地があり、今も石碑が立っています。
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