まだ天も地もはっきりと分かれていなかった、はるかな昔。世界は形をもたず、ただ油のように、水面に生まれては消えるくらげのように、頼りなく漂っているばかりでした。
やがて、澄んで軽いものがゆっくりと立ちのぼって「天」となり、重く濁ったものが下へ沈んで「地」のもととなっていきます。天と地が生まれかけたその瞬間、高く清らかな天の世界、高天原(タカマガハラ)に、三柱の神が、誰に生まれたわけでもなく、ひとりでに姿を現しました。

最初に現れたのが天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)。宇宙のまんなかに静かに座す、いちばんの根源の神です。続いて高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)、そして神産巣日神(カミムスヒノカミ)が生まれました。あとの二柱の名にある「ムスヒ」とは、ものを生み出し、育てていく不思議な力のこと。この三柱は「造化三神(ゾウカサンシン)」と呼ばれます。

三柱はいずれも、対となる相手を持たない「独神(ひとりがみ)」でした。そして役目を果たすと、まるで舞台の袖に下がるように、そっと姿を隠してしまいます。世界はまだ生まれたばかり。物語は、ここから静かに動きはじめるのです。

この三柱に続いて、泥沼から葦の芽が萌え出るように、宇摩志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコヂノカミ)と天之常立神(アメノトコタチノカミ)も現れました。これらもみな、対を持たない独神です。まだ「生む」しくみのない、根源の力だけが静かに積み重なっていく時代でした。やがて神々は男女の対となって現れ、ついに世界そのものを生み出す力を宿していきます。天と地を形づくる大きな物語は、まさにここから幕を開けるのです。